名古屋地方裁判所岡崎支部 昭和33年(わ)117号 判決 1959年3月26日
被告人 花井茂
昭五・三・一八生 無職
主文
被告人を死刑に処する。
押収に係る証第壱号(紺色背広服上下壱着)、証第拾号(中古紺色ズボン壱本)は被害者鈴木桂次郎の相続人に還付する。
理由
(事実)
被告人は石工の家庭に生れ、小学二年の時に実母に死別し、小学校卒業後は九州通いの貨物船に乗込み一年余り働いた後、父の許で石工の手伝をしていたが、父が後妻を迎えてから被告人にとつては極めて冷い家庭と化したため、被告人の性格並に行動は次第に反社会的となり、昭和二十年九月戦時窃盗等により最初の受刑以来父とも同居するに堪えず実家の近くに孤独の生活を営むに至り、その反社会性は愈々昂進し爾来盗犯を重ねること前後七犯に及び昭和三十一年十二月五日最後の刑を終えて名古屋刑務所を出所したものである。しかして被告人は同三十三年二月十一日頃宝飯郡形原町芸妓置屋青柳(内藤熊吉)方の芸妓小染こと田中光子と同町形原温泉の菊屋で一夜を明かしたが同夜小染と相互の境遇を語り合つた結果二人の境遇が似ていることから互に同情し合い二人は夫婦になろうと約束するに至り、その際小染が「青柳に参万円程度の前借があるからそれを払えば自由の身になれる」と言つたので、被告人は該金員を工面して小染を自由な身体にしてやろうと決意し「一ヶ月位の中には必ず参万円の金を作つて来るから楽しみにして待つていてくれ」と小染に約束はしたものの当時被告人はそのような金員を調達する途なく、之が工面に焦慮していたものであるが、同月十五日の夜八時頃幡豆郡吉良町富好新田方面へ出掛けた帰途偶々被告人方近隣有数の資産家である同町大字白浜新田字宮前五十一番地味噌醤油醸造業大岡屋こと鈴木桂次郎附近路上を通行中、同人方に押入り、金品を強取しようとの決意を固め、一旦自宅に戻つて同日午後九時半頃、予て附近の提防工事場から持つて来ておいた柄の長さ約六十三糎刃渡り約十糎の鉞(証第六号)を携帯して右鈴木桂次郎方に赴き同家南側の内庭にて約三十分間屋内の様子を窺つた上同家奥八畳の間に右鈴木桂次郎(当五十六年)及びその妻鈴木妙子(当三十七年)が就寝していることを認め、被告人は突嗟に先ず右両名を殺害した上で金品を物色しようと決意するに至り熟睡中の右両名の頭部、頸部、顔面等を所携の前記鉞をもつて強打して右鈴木桂次郎に対しては長さ十二、五糎の左顔面から左後頭部に及ぶ割創(頸動脈切断)外五箇所の創傷を、又右鈴木妙子に対しては長さ十二糎の左頭部割創(頸動脈切断)外九箇所の創傷を与え、因て右両名をしていずれも前記創傷による頸動脈切断等による失血のため即死せしめたる後、同家屋内を物色し、右鈴木桂次郎所有に係る現金壱千円位及び背広(上下)一着、ズボン一点を強取したものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示所為は、各刑法第二百四十条後段に該当するところ本件犯行は金品強取の目的を以て船大工用の大鉞を携行の上被害者方に押入るや、先ず折柄安らかな眠りに入つたばかりの被害者等に対し之を起して金品を要求する等の手段に出ずることもなくいきなり被害者の顔面その他に所携の大鉞によりそれぞれ数回に及ぶ痛打を浴せ、いずれも頸動脈切断等の割創を与え以て同人等を即死せしめたる上、金品を物色したものであつて、犯行後の状況は誠に正視するに忍びないものがあつたことは本件現場検証の結果並に本件記録上明らかである。被告人は少年時から家庭生活に恵まれずそれが原因となつてその反社会性が昂進し、過去においても前科数犯を重ねるに至つた点同情に値するものがあるけれども、本件犯行はその動機の不純並に態様において天人共に之を許し難くこのような凶悪犯には社会防衛上厳罰を課すべきである、よつて右各罪につき所定刑中死刑を選択し、右各罪は同法第四十五条前段の併合罪の関係にあるが右各罪中一罪に付き死刑に処すべき場合であるから同法第四十六条第一項本文により被告人を死刑に処すべきものとする。押収に係る物件については刑事訴訟法第三百四十七条により証第一号同第十号を被害者鈴木桂次郎の相続人に還付することとし、訴訟費用については被告人が貧困でこれを納付することができないものと認め、刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用してこれを全部免除する。
よつて主文のように判決する。
(裁判官 永田国光 織田尚生 杉田寛)